Interview経営者インタビュー
新日本印刷を経営する社長、専務、本部長の飾らない座談会です。

創業期について教えて頂けますか。
細井:当社の創業は1967年に、(名古屋市)千種区の池下町で創業しました。今は160名程の社員がいますが当時は3人でスタートした会社でした。
小栗:たしか、創業時から写真スタジオがあったんでしたよね?
細井:そうです。創業当時から撮影スタジオを完備して、印刷するだけの会社ではなくて、掲載する写真であったり、コンテンツやデザインまで一貫した生産を強みにしていました。
天野:創業当時からコンテンツ制作に高い志のある印刷会社だったんですね。そういえば、社長が入社されたのはいつ頃だったんでしたっけ?
細井:私が入社したのは、昭和55年(1980年)なので、創業から12年経っていました。その頃には、すでに現在の天白区に本社がありました。当時は、印刷設備をどんどん増やしている時期だったので、チャレンジの多い勢いのある会社だなと感じていました。
小栗:今でも、様々なチャレンジはありますけど、当時からリターンの大きい設備投資は積極的にしていたんですね。
細井:そうです。設備投資だけではなくて、私が入社した時から、やはり『人が主役』でした。営業部はプランナーという肩書きを持ってお客様に様々な提案をしていましたし、コンテンツ力強化のために、企画デザイン部門も既に備わっていました。
天野:今の当社の原型は社長が入社される前からあったんですね。創業者の想いは引き継がれているなと感じました。

どのようなお客様からご愛顧いただいていましたか?
細井:創業当時から、陶磁器業界のお客様から可愛がっていただきました。
小栗:私も入社した時から瑞浪、土岐、瀬戸、常滑、四日市、信楽などを代表する陶器メーカー様に、カタログ制作のご依頼をとても多くいただきました。当時は、インターネットなどの通信インフラもなかったし、皆さん、現物を持って営業に回っていたんですよ
天野:現物!?今では考えられないですね。でも、様々な印刷会社があったと思うんですが、なぜ当社を皆様パートナーとしてご愛顧していただいたんでしょうか。
細井:例えば、陶器に緑泥と呼ばれる少しくすんだ緑色の商品があるのですが、当時写真撮影はフィルムで撮影していたのでフィルムの特性上、茶色っぽくで表現されてしまうんですよ。現物と同じ色を再現する事が他社では難しかった中、写真スタジオをもっていた当社は、色の再現が得意だったんです。
小栗:当時から、色の再現性が高く、高付加価値の美しい印刷物を制作できる印刷会社として喜んでいただいていました。陶磁器業界からの繋がりで、ギフト業界、雑貨業界など、様々な業界のお客様に恵まれ支えていただきました。

CI『ふれあいはエネルギー』について教えてください。
細井:これは、25周年の記念事業の一環でつくったものです。ちょうど、本社の現社屋が出来たタイミングあたりですね。当時の会社案内にも、たしか掲載されていたと思うんだけど。
小栗:これですね?懐かしいですね。これは社長ですね?
細井:これは当時のCIを作った時の委員会。あれ、(小栗)専務は参加してなかったっけ?
小栗:ちょうどこの頃、入社したばかりだったので参加してなかったですね。
細井:当時のデザイン部門と協力して、おそらく50案程の中から選んだかと思います。この会社案内にも書いてありますが、当時から『人が主役』の環境づくりについてかなり考えました。一人ひとりの個性をどう活かし、全員が活躍できる環境、評価制度はどうするべきか?などですね。
小栗:今もそうですけど、当社の評価制度は一人ひとりを我々や管理職が見る体制になっていますよね。数字だけではなく、ホスピテリティの部分であったり、モラルの部分であったり。様々なコミュニティに良い影響力がある人材育成を大切にしてきましたよね。
細井:はい。『ふれあいはエネルギー』という言葉には、それぞれの個性を持った、今でいう多様性を受け入れて、人と人とのコミュニケーションを大切にしたいという思いが込められています。そして、我々のつくる印刷物でビジネスのコミュニケーションを良好にしていきたい。ふれあい(コミュニケーション)は、私たちに多くのエネルギーを与えるだけでなく、自己成長や学びの機会を提供する重要な役割を果たしていると考えています。